ヨーガ療法

3年前から日本ヨーガ・ニケタンにて、ヨーガ療法(ヨーガセラピー)の勉強をしています。

とうとう先月でカリキュラムは終了!

残すは今年7月のヨーガ療法学会仙台での症例発表のみとなりました(*´Д`*)。

この発表をもって卒業となります(^_^)

ヨーガセラピーは心身に不調のある方が無理なく実習できるように考えられていて、

どんな時にもできることがあるのが魅力です。

私自身この十数年、ガンになる前、治療中、その後、と肉体的にも精神的にもずいぶんヨーガに助けられてきました。

今後は、そんなNooのヨーガをシェアしていけたらと思っています(//∇//)

よろしくお願いしますm(_ _)m

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ビビりは治っていなかった

ビビりは治っていなかった

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昨日は乳腺外科で丸8年の検査の日でした。

残ってる右の乳房のマンモと肺レントゲン、胸や脇、鎖骨上下のエコー。

あとは血液検査。

骨シンチは先生の方針で、毎年ナシです。

結果は異常なしでした。

もう数え切れないくらい検査は受けていますが、やっぱり毎回もや〜っと不安になります。

これだけ回数を受けるとさすがにマンモはコツが掴めてきましたよ( ´ ▽ ` )。

ちょっとここで胸を引き気味にすると挟み易いんだなー、とか。

ここでは肺から息を抜く、とか。
マンモになれない時はおっぱいペッチャンコに驚愕。
「なにすんじゃー!!」だったっけ。

エコーは、今でも検査中に技師さんの見つめるモニターを一緒に見ちゃうと不安になりますf^_^;

「なんで手を止めたの(´⊙ω⊙`)??」

「同じ所ばっかり往復してるけど、何かありまして???」

とか思ってしまうので、モニターは見ないことに。

どーせ、あの白黒マダラの画面見ても、どれが筋肉とか脂肪とか乳腺とか分からないし。

毎度、あれが読み解けるって、訓練された人はスゴイなあーと思います。

前回の検査は4月にエコーでした。

この4月の末から5月にかけて、左手にモーレツな痺れが出て、かなり焦りました。

頭を上に向けると、ビリビリと左の肩から親指にかけて電気が走るような痛みが起きるのです。

整形外科にいってレントゲン撮ってもらいました。

特に異常はみられず、強いて言えば加齢とストレートネックで椎間板が狭くなって神経を圧迫してるかな、という診断でした。
ただ、私の既往症を見て「万が一、骨転移の可能性も考えられなくもないから、MRI受けてみる?」と
当然のオファー。
一気に不安になりました。

考えて見たら骨って全く検査してない・・・
最初にガンが見つかった時に骨シンチ撮っただけ。
あとは治療がひと段落した後に、大塚の病院で毎月(!)CT撮ってもらってたけど。
骨転移がわかるマーカーとかも調べてもらってたな。
それも5年くらい前のこと。
うわー、骨は何にも検査してないよー
でもでもでも、千葉の某クリニックでゾメタ打ってもらってたし!!
でもそれから何年も経ってるし
エコーだって大丈夫だったし
(1行目に戻る)

と、不安で思考がぐるぐる。
折しも芸能人の乳がんの闘病が話題になっている時でした。

手術後今までの8年間、気になる症状は全くなかったので、
いつしか自分は大丈夫なんだろうと思うようになっていました。

しかし今回、いろいろなことを改めて考えさせられました。
特に自分のメンタルの弱さ!!
ビビりまくりでした。
すっかり飲まなくなっていた薬(タモキシフェン)も復活。
せっせと飲むように。

痺れについては、「きっとこれはパソコンに向かいずぎたせい!」と力説し、
筋肉を緩める薬だけ処方してもらいました。
一ヶ月様子を見て、快方に向かわなかったらMRIをとるということにしました。
ビビりなので、すぐには検査する勇気がなかった・・。
検査にも心の準備が必要なんです。
一ヶ月の間にできることをしようと思い、接骨院に行くことにしました。
接骨院は娘が成長期に通っていて、年配の先生が優しかったので・・

接骨院では毎回丹念に肩や腕、首を点検。
何回目かで肩鎖関節のあたりを押されたところ激痛がありました。
どうやら靭帯が炎症を起こしているらしい。
「事故にあったことない?」
と聞かれるも、思い当たる節がない・・
ん?よーく思い出すと、10年くらい前にスポーツクラブでバスケットボールをしていた時に
100kgはあろうかという相撲部の男の子と激突、
小柄なnooが数メートル吹っ飛ぶという出来事が。
その時、ぶつかったのは確か左肩!!
どうやらその時に亜脱臼のようになったらしい。
よくみると、左肩の関節がずれて、鎖骨が前に浮き出てしまっていると先生は言う。
明らかに左右の鎖骨の出方が違う。
うぎゃ〜〜〜!!
肩がずれていることに加えて、老化による衰えや、
パソコン・スマホによる負担が肩に負担になっているらしい。
さらにパート先のスポーツクラブでゴルフ打ちっ放しの片付けで、
大量のゴルフボールを運んだことがトドメになった。
肩の靭帯の炎症が神経に影響している・・
肩周りは神経がたくさん集まっていて、デリケートなのだそう。
しかし、すっかり忘れていた10年前の古傷が今頃痛んでくるとは〜〜〜

接骨院の先生にも乳がんの既往症のことは伝え、そのことも念頭に置いてもらう。
先生はこうも仰った。
「腕のしびれのことばっかりに意識を向けないこと!
 自分もあちこち痛くなってくる歳なんだと、認めること!」

う〜ん。ヨーガでいうところの「応諾せよ」ということですな。
「オーム」には「応諾」という意味もあるそうです。
受け入れなさい、というこってす。
ヨーガの勉強で散々言われてることなのに、全く修行が足りん・・
接骨院で言われてしまうとは・・

とにもかくにも、靭帯の炎症というのが大きいので、
再び整形外科に行き、「肩の靭帯が炎症してるらしいので、抗炎症剤を処方してください。」
とお願いすると、途端に整形外科の先生の機嫌がめっちゃ悪くなった。
先生のプライドを刺激してしまったのだろうか、
地雷を踏んでしまったらしい。(私はこのパターンが多い)
「はーん!!!接骨院に行ったんだ!?あっそう!!!!!!」
という感じ。

最終的にはロキソニンを1週間分処方してもらいました。
それにしても、西洋医学のお医者さんたちは代替療法や補助療法を嫌うのね。
患者としては、西洋医療を軸にしつつもも、できることをしようと思っているだけなのに・・
そんなに目の敵にしなくてもと思うのだけど、
エビデンス治療の妨げになることも考えられるから、怒るのも仕方ないかとも思う。

ロキソニンを飲みながら、2週間くらい接骨院に通って、その後2週間仕事を休んで、
ストレッチをして、体の使い方を見直して、
スマホとパソコンを減らしたら、徐々に痺れはなくなりました。

今回の乳がんの主治医の診察の時に話したら、
「MRIは必要なーい」
とのことなので、ホッとしました。

それにしても、今までどここかが痛いということはほとんど無かったので、
年齢的にこれからこういうことが増えてくるのかもしれないなーと。
腰痛なんかでた日には、ビビり方はこの比じゃ無いな、と思いました。
これも普段、骨を調べてないから、余計心配になっちゃうんだろう。
1年に1回、骨シンチ・・かPET・・撮ったら、ここまでビビらないかな。
などと考えさせられる出来事でした。

皆さんは、どうですか?
骨の検査って、毎年していますか?
それともなんらかの症状や、血液検査の異常があってからなのでしょうか。


小林麻央さんがお亡くなりになったそうです。

本当に、神様は心の綺麗な人から連れて行ってしまうのではないか、

ブログから伝わってくる、そのお人柄に頭が下がる思いでした。

ご主人への最後の言葉が「愛してる」

お別れの言葉ではなくて、「愛してる」
会見を見て、涙が溢れました。
肉体を離れて、更に大きな存在になった・・
そう思います。
ご冥福をお祈り致します。

謎のヨガおばさんと化して

みなさま、本当にお久しぶりです。
2月で乳がんが見つかってから丸8年。
8年前の4月の頭に抗がん剤スタートでした。
満開の桜を見上げながら、「何だかな〜」と思いながら点滴室に向かったのを思い出します。

ここ数年は、ガン患者さんのサロンに参加したり、ハイキングのガイドをしたり、絵を描いたりと
やってみたいことを躊躇なくしていましたが、
一昨年からヨーガ療法の勉強をしていて、現在、指導の練習中です。
ヨガは十数年前から練習していたのですが、今は「ラージャ・ヨーガ」とヨーガ療法をヨーガ・ニケタンで学んでいます。
ラージャ・ヨーガとは、ヒマラヤのヨーガ行者が心身を鍛えるために行うもので、普通、皆さんが想像する体が柔らかかくないとできなさそう〜なヨガは「ハタ・ヨーガ」といいます。
ハタ・ヨーガはアシュラム、道場のヨがといった感じです。
一方、ラージャ・ヨーガのアーサナはどちらかというと、運動部でやっている体幹を強化するトレーニングに近いです。
柔軟性はあまり必要とされません。なぜなら、ヒマラヤの山中を駆け巡る行者には、柔軟性よりも屈強な足腰が必要だからだそうです。

ヨーガ療法は、ヨーガをベースにした心理療法です。
これは簡単には説明できないのですが・・
アーサナで呼吸と連動させて体を動かすことで、自律神経を整える
アイソメトリック負荷をかけることで、アンチエイジングホルモンが分泌される
ヨーガ・スートラなどの聖典を元にして、認知の歪みに気づく
こうして、人間をつくっている5つの鞘を整えることで、心身ともに健康になっていく療法です。

私は、乳がんを経験する前からヨーガに触れていて、
乳がん発覚の前と後で練習するヨーガのスタイルは変わったりもして、
また、ヨーガを教わる中で疑問も生まれ、
今でも日々、いろいろ気づかされています。
日本ではヨーガというとエクササイズ的なイメージですが、
本来は「いかに生きるか」という教えです。

人間というのは、爬虫類の脳、動物の脳、そして理性の大脳新皮質と、建て増しの脳で生きています。
これが悩み、葛藤の原因ではないでしょうか。
本音と建て前。
アクセルとブレーキ。
潜在意識と顕在意識。
ヨーガというのは脳トレの要素が大きく、
これら建て増し部分がそれぞれ勝手な主張をするのを、
帯状回でバランスを取るのを強化し、
俯瞰する脳を鍛えることで、
オーケストラの指揮者のように、
上手にコントロールできるようにしてい効果があるのではないかと思っています。

それだけではなく、
脳を(本当は全身の細胞を)
ビットコンピュータから量子コンピュータにして、
宇宙のデータベースにアクセスできるようにするためのもの、と思っています

というわけで、あぶないヨガおばさんと化しているNooなのでした。

ヨーガ療法を試してみたい方、いませんか〜??

術後7年経ちました


すっかり更新の間が空いてしまいました。
世の中はめっきり秋の気配ですね。
皆さんはお変わりありませんか?

今日は飯田橋の病院で、術後7年の検査でした。
健側のマンモグラフィーと、肺レントゲン、エコー、血液検査でした。
毎度、検査はドキドキなんですが、今回は初めてのことなんですが、エコーの技師さんが「念のためもう一人にチェックしてもらいますね」って、言うじゃありませんか。
「!?」
なんか問題あるのかな・・・
色々と想像してしまいます。
二人に同じ検査されるって、あまりないんだけど・・・

よろめきながら隣の診察室へ。
現代では画像はすぐにデータが見られますからね。
結果は全て今のところ問題なしでした。
「エコー、ビビりましたよー」
と聞くと、
「この病院、みんな二人で見てるね。丁寧なの。」
とのことでした。
もー、いつまで経っても検査は慣れません。

こうやって定期的に検査を受けると、ひゅっと身が引き締まる思いです。
ああー、最近、当たり前のレベルが上がっちゃって、今あるものに感謝の気持ちが減ってたなあ、と、思い知らされる。
ムスメの成長が見られるのは、どんなことより幸せなことで、ありがたいことです。
ま、しばらくすると、また段々とゴーマンになっちゃうんだけど。

主治医先生とは、「最近、芸能人の話題がね、」と、闘病中のM央さんのことに。
芸能人の闘病がニュースになると、動揺する患者さんも出てくるそうです。
「時々ブログを覗きに行ってます。」
と言うと、「うーん」と言う感じ。
私も、術後しばらくの間、特に抗ガン剤治療中はそういう話題にナーバスになっていたけど、今は怖くなったりはしない。

M央さんのブログを見に行っている乳がんの経験者の人達はみんなそうだと思うけど、
「ちょっとでも良くなって欲しい」
「体調がいい日が続きますように」
「彼女にあった治療に巡り会えますように」
「幸せを感じられる1日でありますように」
という念を送っているのです。
昨日の自分のように思えて・・・

golly wow!

golly wow!

プリンスの続きです。

さて、プリンス亡くなってすぐにMTVで追悼特集が放映されました。

デヴュー当時からのミュージックビデオを3時間半流してくれました。

おばじみのパープルレインやKiss、

やっぱりRevolution 時代の曲が好きだな〜とか、

raspberry beret の青空に白い雲の模様のスーツのプリンスがキュート過ぎる‥!

などとすっかり、気分は80年代の20代の頃に戻っておりました。

時代は下って、プリンスがプリンスという名前を捨てた時代の曲に。

プリンスと結婚したマイテがビデオに登場。

プリンスはそれまでにもダンサーやバンドのメンバー、共演者の女性との浮名は数知れず。

ビデオを見てても、「この時はこの女性が彼女だったのね」と分かりやすいのですが、

マイテだけは特別だったんだなぁ、と改めて思いました。

何本ものビデオに出演。

「7」のプロモーションビデオでは、子どものプリンスと子どものマイテが、手を繋いでたくさん出てきます。

この曲は宗教色の強い曲でもあります。

マイテはプリンスの天使というか天女だったんだな‥

そして、「Betca by golly wow!」です。

プリンスが他人の曲をカバー!!!

当時、これは衝撃でした。

そして、忘れていたこの曲のビデオを改めて見て、なんだか泣けてきました。

ガソリンスタンドで給油しているプリンス。

(フツーの男になってる!)

するとポケベルが鳴る。

ハッとするプリンス。

(ドラマ仕立てなのです)

産院に駆けつけるプリンス。

「ベビーができていたんだね!」

頷くマイテ。

見つめあい、抱き合うマイテとプリンス。

プリンスの顔がそれはそれはとろけそうに優しくて、

最愛の人と、子どもの誕生を待つ歓びにあふれたビデオになっています。

スタイリスティクスのカバー曲なのですが、

「君こそ僕が待ち望んだ人」

とストレートで美しいラブソング。

プリンスのバラードには名曲が多いですが、この曲も、プリンスがマイテの為にどうしても歌いたかった気持ちがこもっていて、何度も聴きたくなる曲です。

デヴュー当時を彷彿とさせるファルセットヴォイス。

しかし悲しいことに、この後、二人の間の子どもは生後間もなく亡くなってしまい、

二人の関係もその事が原因の一つとなって、終わりを迎えます。
「もしも」二人の子どもが死ななかったら‥違うその後があったのかな、と思ってしまいます。

プリンスの大きな魅力は、その作品に彼の人生がストレートに反映されていること

喜び

哀しみ

怒り

信仰

歌詞に生々しく。

こんなに生々しく表現したミュージシャンがいたでしょうか。

49トラック目

49トラック目

プリンスねたばかりでスミマセン!

プリンスの突然の死から、1週間・・・
原因がいろいろと取り沙汰されています。

インフルエンザ、
オーバードーズ、
果ては、AIDSという情報まで・・・

晩年は「エホバの証人」の熱心な信者だったプリンスはヴェジタリアン(しかもヴィーガン)だったくらいですから、ドラッグはやってなかったんじゃないかと思うのですが。
完璧主義で、自己管理能力抜群で
ストイックな人だったと思います。
弁護士のコメントも出ましたね。
「彼はクリーンで、幸福な毎日を送っていた。」と。

股関節が悪くて、杖をつかって歩いていたらしく、
手術を勧められていたけれど、エホバの証人では輸血ができないので、手術ができない・・・
痛み止めを打って、ステージをこなしていた、ということもネットに上がってきていました。
私としては、「その薬が増えていって、体に負担をかけていた」と推理するわけですが、
真相はまだわかりません。

すごいハイヒールで踊ったり、高いところからジャンプしてたからな・・・
あと、プリンスお得意のスプリッツ・・前後開脚して戻ってくるヤツ、あれも股関節には負担かかりそうだしな・・・

などと、しんみりしつつ、プリンスのアルバムを古い順に聴き直していました。
NewPowerGeneration時代の「NewPower Soul」というアルバムをかけていたときのことです。
聴き終わって、しばらくCDをそのままにしていたら、しばーらくして突然、曲がかかりだしたのです。
「!?」
びっくりしますよ。何が起きたのかと思って。
その曲がまた、心臓に悪い。
最後の方に、かすかに男性の叫び声と救急車のサイレン、心拍計のピッピッっていう音が入っていいて、
そして、その音が「ピー」って止まってしまう。
つまり、死んでしまった、ということですね。

な、な、なんじゃこりゃ!?

このアルバムは1998年のものなので、直接プリンスの死とは関係ないとは思うのですが、
なんとも意味深な感じ。
曲のリストは10曲までなのですが、この曲「Wasted Kisses」は49曲目に入っているのです。
その前には4秒づつの11〜48トラックが刻まれています。
18年間、この曲に気がつきませんでした。
プリンスがその当時の妻マイテとの間にできた子供を亡くしたときに作った曲だ、
と書いているサイトもみましたが、
歌詞は女性との別れを書いているようです。
でも、子供の死⇨マイテとの別れ、の曲かもしれません。
49トラック目というのも何か意味があるのか。
一瞬、プリンスの死の場面を想像させられてしまう曲です。

つづく