先日、興福寺のお坊さんのお話を聞きに行ってきました。
その日のお話のテーマが「ブッダの呼吸法」でした。
アシュタンガヨガを教わっていましたが、手術で続けられなくなり、落ち込んでいたのですが、ふと、
「これってアサナ(ポーズ、坐法)に固執してるってことだよな…。執着を捨てるのが目的のヨーガに執着して、苦しくなるっておかしいよね?」
と、思い立ちました。
アサナの次はプラナヤーマ(呼吸法)、プラティヤーハラ(感情のコントロール)と続き、ダーラナ、ディヤーナ、サマーディ(三昧、禅でいう定)と続くんでした。
アサナができなくなったということは、他をすればいいということかな…。
もともと仏教とヨガは背景を同じくしているということもあって、お釈迦様が説かれた呼吸法に興味があって、お話を聞きに行ってみました。
アシュタンガヨガの呼吸法は、ウジャイ呼吸という肺式呼吸です。下腹をしめて肺を広げて呼吸します。
また、意識的に、気道に空気を通すときに呼吸の音をさせます。
ヨガというと腹式呼吸のイメージですね…。
腹式呼吸だとリラックスする感じ、肺式呼吸だと活性化する感じがあるように思います。
そもそもヨガはポーズが目的なのではなくて、呼吸に意識を集中して、瞑想状態にもっていくのが目的なのです。
お釈迦様の瞑想とはどんなものだろう…数を数えたりするらしいけど。
と、興味本意で出かけていきました。(藤沢のカルチャーセンターでした。)
阿修羅ブームということもあって、お話は半分が阿修羅のことや仏像のことや教典のことでした。
さて、後半、おまちかねの瞑想タイム。
やはり数をアタマの中で数えながら、からっぽにします。
考えてみたら、瞑想は家で一人ですることがほとんどで、他人とするといってもヨガ教室で4、5人くらいまでで、大勢の人たちと一緒にするのは初めてでした。
しかも教室のような所で、いすに座って。
半眼で、と言われたので目を開けていましたが、開いたノートに蛍光灯が反射してまぶしく、目がおかしくなってきました。(目を閉じればよかった…)
お昼前だったのでお腹が空いてきて、一瞬昼食のことを考えてしまいました。
すると、唾液がわいてきて、ごくりと飲み込む音が教室に響いたような気がしました。
意識すればするほど気になって、唾液がうまく飲み込めません。
お腹がぐーっとなりました。
アタマがかーっとなりました。聞こえちゃった??
もう集中どころではなくなってしまいました…。
ところが15分の瞑想タイムが終わって、お話が始まると、面白くて空腹はどこかへ行ってしまい、お腹がなることも唾液も忘れてしまいました。
体は意識に、意識は体に支配されているんだなあということを身をもって感じさせられる一日でした…
エラそーなこと言って、あー、笑っちゃうよ〜、お腹なっちゃって!!てなもんです。
いや〜、大人数で瞑想するって、難しい。慣れかなあ。
なお、数はかえって気が散るようなら数えなくてもいいそうです。