手術前後3

手術の翌日の朝食は、おかゆだった。

帝王切開の後は、数日食べられず、しかもスタートは重湯だったので、

「もう、食べられちゃうんだ〜♪」

と、ありがたかった。昼からは、ほぼ普通食。そして、その後は

「こんなに食べてたら、絶対太る!!」

という量になった。後で看護士さんに聞いたところ、個室だとちょっといい食事になるらしい。(そんな差別があったのね…)

「全部食べてたら多いと思うから、無理しないで残してくださいね。」

と、言われた。3時にはおやつまで出る。昔は「病院の食事」といえば、さみし〜感じだったけど、変わったもんです。秋だったので、松茸ごはんにお吸い物なども出た。

午前中には、点滴や尿道カテーテルが抜かれた。

尿道カテーテルを抜かれるときは、

「力を抜いて〜」

と、言われて、せーの!はい!って感じで引っ張られる。

膀胱の中で、バルーンのようなものが膨らんでいるのか、

「スッポーン!!」

と、飛び出てきた。

「どわああああ!」

そんな大きなものを、にょ、尿道から引っぱり出したわけ??と、しばしショックを受ける。

ま、でもほんの一瞬の出来事です。こういうことを躊躇せずにできるって、看護士さんって、すごいなあ。私にはムリ…。

さて、心電図や血圧計、点滴、カテーテルと、手術室から帰ってくるときにいっぱいついていたものは、これで、あとはドレーンだけに。

これは術後に傷の周辺にたまるリンパ液や血液を出すためのもの。

脇の下からチューブがのびていて、先にパウチがついていて、そこに溜める。

この液が少なくなると、退院できる。

そのパウチを小さなポシェットに入れて、肩から下げておく。

これで、晴れて自由の身だ。もう、歩き回ってもいい。

あんまり動きすぎても、ドレーンの量が増えてしまうけれど、入院中に足が弱りそうなので、1階から8階の病室まで階段を上ったり、降りたりしていた。

4階には売店があったので、うろうろ…。

しつこいようですが、帝王切開のときは、体の向きを変えるのも、すぐにはできず、起きて歩くまでにも数日待たなければならなかった。

開腹手術とは、ずいぶん違うんだなー、と驚くことばかり。

家族もびっくりしていた。

手術跡は、今は手術用のボンドというもので接着するらしく、縫い目というものもない。

帝王切開のときは、ばっちんばっちんとホチキスのようなもので止められていて、傷の幅もけっこうあって、赤くて痛々しい感じだった。(今は全く分からないくらいきれいです)

今回はそんなことはなくて、すーっと切った跡が残っているくらい。

リンパ廓清をしたために、左脇の下から胸の中央に向かって斜めに走っている。

ボンド、すごい!!くっついちゃうんだ…。

お腹を切った場合には、引っぱられることを考慮して、少し幅に余裕をもたせて縫うから傷に幅ができる、と読んだことがある。

時代の違いによる技術の進歩もあるだろうけれど、手術部位の違いということもあるのだろう。

毎朝、手術跡をチェックしてくれるのだが、消毒もしない。

今は、そういうことらしい。イソジンで消毒は??っていうのは古いらしい。

拍子抜けするくらい、なにもしないのだ。

実は、入院中、傷をなかなかみられなかった。

が、勇気を出して見たら、細い線が一本入ってるだけ。

もっとグロイのを想像していた。すごいなあ、今の手術って。

胸じたいは、脂肪が残っているところ、そうでないところがあって、ぼこぼこしている。

そのうち落ち着いて、たいらになるそうだ。

乳首がないのがなんとも間抜けなかんじだが、乳首の端っこの色は、傷にそって少し残っている。

1センチから2センチの幅で、皮膚を乳首ごと切り取って開けたということだろう。

ダンナさんは手術直後に、切り取った私の患部をみたらしい。

「なんか、よく分からなかったけど、夕飯は食べられなかった。」

と、言っていた。

この3週間後には、彼が盲腸で入院。私は彼の切り取った盲腸を見たので、お互いに自分の見たことのない内蔵を見せあったことになる。

「健やかなるときも、病めるときも」っていいますもんね。

さて、あとはレントゲンを1回とった以外は、とりたてて何事もなく、ご飯を食べて、テレビをみて…という生活。

持ってきた本も読み終わってしまい、退屈になってしまった。

乳がん先輩の知人がお見舞いに、よしながふみの「大奥」1巻から5巻までを持ってきてくれた。

お見舞いにマンガ??と不思議な感じがしたけれど、これが大ヒット。

「大奥」は初めて読んだのだが、退屈しのぎには最高だった。さすが手塚治虫漫画賞を受賞しただけのことはある。

ダンナさんも盲腸で入院したときに、本もテレビも飽きてしまい、「雑誌買ってきて欲しかった〜」と、言っていた。

手術直後は気力もイマイチで、難しい内容の本や、集中力の要るものは読む気にならないし、けっこうゲームも飽きてしまう。

実はiPhonenにゲームをダウンロードして行ったのだけれど、ほとんどしなかった。

お見舞いには、気軽に読める雑誌やコミックをおすすめします。

そして、入院後半にはリンパマッサージやリハビリ、下着の説明を看護士さんから受けた。

リンパ廓清した方の腕は、痛くて上げられなかった。

これを、退院までには肩まで上げられるようにする。

そして、退院後は徐々に耳の後ろまで。

これも個人差があるだろうが、けっこう痛かった。

痛みが引くまでに、2ヶ月近くかかった。

退院後、1ヶ月で主治医に診てもらった時には、脇から手首までがつっぱるように痛くて、肩と耳の真ん中くらいまでしか上がらなかった。

主治医のセンセは

「あれー!?ぜんぜんダメじゃん!!」

と、言って、私の腕をつかんで無理矢理耳のうしろまで引っぱった。

人生で、こんなに痛い思いをしたのは初めてだった。思わず、蹴っ飛ばしそうになってしまった。

「怖がってちゃだめ。腕が上がらなくなるから。このくらいやってもいいの。」

だそうです。

が、その後、ますます痛くなってしまい、痛みが治まるのを少し待ってから、リハビリ再開。現在は無事に動いている。

ドレーンの量も順調に減って、入院6日目には退院することになった。

まさに三食昼寝、テレビ、おやつ付きの生活に慣れ始めてしまっていたころだった。(まずい、まずい)

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